TOLAC(VBAC)について
イントロダクション
日本での帝王切開率(全出産のうち何%が帝王切開か)
病院 (20床以上) | クリニック(20床未満) | 当院 | |
---|---|---|---|
2008年 | 23.3% | 13.0% | 統計とれず |
2014年 | 24.8% | 13.6% | 10.1% |
2020年 | 27.4% | 14,7% | 10.9% |
TOLACとは帝王切開の既往のある人が、普通分娩をすることです。
以前はVBACと呼ばれることも多かったですが、最近はTOLACの名称で呼ばれることが多くなりました(成功したものをVBACと呼ぶこともあります)。
子宮破裂などのリスクが伴うため現在は訴訟リスクの高さなどから実施している施設が少なくなり、対応できる医師は限られます。
近年、日本の帝王切開率は徐々に上昇してきておりその増加は歯止めが利かない状態です。
原因としてよく高齢妊娠などのリスクが高い人の妊娠が増えたことが言われますが、近年の高齢妊娠などリスクの高い人の増加率より帝王切開率の増加率は大きくリスクの高い人が増えたという説明だけでは到底説明できません。
やはり産婦人科医の帝王切開という開腹手術を回避するという意識が数十年前より希薄になり、帝王切開の適応が徐々に緩くなっている現状は感じます。
実際、帝王切開率が30-40%という非常に高いクリニックもある一方、当院のように帝王切開率は10%前後というクリニックもありクリニックごとの帝王切開率は全く異なります。
加えて無痛分娩が徐々に普及してきており無痛分娩も今後の帝王切開率を増やす懸念材料でしょう。
結局のところ普通分娩でいけるか、帝王切開にするかは医者の裁量が非常に大きく、帝王切開率の低いクリニックであれば問題なく産めた人がクリニックの色々な事情(夜間緊急の帝王切開になると大変だからなど・・)で帝王切開になってしまった事例など残念ながら星の数ほどあります。
実際、陣痛で痛い最中に医師から分娩が進行しないため赤ちゃんが危険になる前に帝王切開にしましょうと言われればそちらに気持ちが傾いてしまいます。
帝王切開が必要な人も当然いるでしょうが、患者さんが後々考えれば納得できない帝王切開もあまりにも多すぎます。
TOLACは赤ちゃんの命を軽視しているわけでも危険な分娩方法でもありません。
迷う方は是非TOLACの説明を当院にてうけてください。
当院のTOLACの成績
当院でTOLACは、2022年度は93%(15人中14人が普通分娩)、2023年度は90%(20人中18人が普通分娩)の方が成功しています。
しかし、その一方全員が普通分娩できたわけではなく、数人の方は破水しても陣痛がこなかったり、分娩が進行しなかったり、赤ちゃんが苦しいサインを早い段階で出たなどの理由で当院で緊急の帝王切開に切り替わりました。
子宮破裂などの重篤な合併症はなく、全患者さん問題なく退院されています。
当院は毎年全分娩の帝王切開率がおおむね10-11%前後を推移しており、全国平均の14.7%と比較しても帝王切開になることなく普通分娩をできた割合としては非常に優秀な成績です。
加えて、当院ではTOLACに加え、逆子の普通分娩なども対応しており帝王切開リスクの高い人たちが多い中での帝王切開率の低さは適切に判断できている結果だと自負しています。
TOLACのガイドライン上の扱い
TOLACを考えていると相談すると「当院では対応できないのでやっているところで相談だけでもしてきたら」と提案してくれる先生もいれば、「子宮が破裂して危険なので絶対にならない方がいい」などと止められることもあります。
実際、TOLACはガイドライン上は患者さんにリスクをしっかりと説明し、緊急の帝王切開に切り替えれる体制を整え、子宮破裂等に注意しながら慎重に行うのであれば許容されている正式な分娩方法です。
TOLACの適応
- 今までの帝王切開が1回だけであり、その他に子宮の手術(子宮筋腫摘出術など)を受けて いないこと
- 以前の帝王切開で子宮の切開が子宮下部横切開であること(ほとんど体下部横切開ですが、おなかの中の子宮の切り方なので手術した病院でないとわからないため帝王切開をした手術をした病院に問い合わせることがあります。)
- 母体の骨盤が十分に広く、今回の妊娠で双胎や骨盤位でないこと
- 既往帝切後経腟分娩に関する危険性を十分に理解していること
TOLACのリスク
- 子宮破裂:
子宮の傷が分娩時に避ける危険性がTOLACでは1000人につき4人ほどとされています。しかしTOLACでなく予定の帝王切開でも子宮破裂が起こることは1000人につき2人ほどはあるとされており、帝王切開歴がある限り、子宮破裂はどんなに注意しても防ぐことは困難とされています。子宮破裂は程度にもよりますが、重症の場合胎児が亡くなったり、母体の大出血が生じて子宮摘出が必要になったりすることがあり、分娩後に子宮破裂が分かることもあるため、分娩後しばらくは注意が必要です。 - 予定日を2週間以上超えたり、破水後に陣痛が来ない場合、帝王切開歴がなければ子宮の出口を広げる頸管拡張や誘発剤を使用することがありますが、子宮破裂のリスクを増やす恐れがあるため原則的には使用できません。分娩が進行しているのに陣痛が弱い場合の陣痛促進剤使用(分娩促進)は、十分に注意して行うことがあります。
TOLACのメリット
- 経腟分娩が成功すれば、帝王切開に伴う合併症の危険性は回避されます。主には腸管の損傷や尿管の損傷、術後の腸閉塞など起こると今後の生活に一生影響するような合併症を回避できます。また、1回目の手術に比べ、2回目以降の手術では癒着の影響などにより出血や他臓器損傷の危険性が高くなったり、手術時間が延長したりする可能性があります。
- 帝王切開では血栓症といって下肢に血の塊ができると呼吸ができなくなる病気のリスクが経腟分娩より高くなるため、そういった血栓症のリスクを軽減できます。
- TOLACでは帝王切開に比べて産褥熱は0.6~0.7倍、輸血は0.6倍と減少します。
- 1回でも帝王切開をするとその後の妊娠で前置胎盤となる危険性が2.6倍になり、帝王切開 の回数が多いほど危険性はより高くなります。 また、前置胎盤において癒着胎盤が発生する頻度も帝王切開の回数が多いほど上昇するため、胎盤の位置異常による分娩トラブルを減少できます。
- 一番は産後の回復が非常に速いことで、TOLACであれば育児は2人目以降となるため母乳育児も経験している人が多く産後3日ほどで退院する方も多いです。産後の回復が早いことが一番大きなメリットかもしれません。
当院のTOLACの取り組み
実際子宮破裂などの合併症は昭和の開業以来当院では発生していませんが、どんなに注意していても起こると言われます。
重要なのは分娩経過からリスクの高い経過を見極めること、何よりすぐに帝王切開に切り替えれるように準備していることです。
緊急時に赤ちゃんを迅速に娩出できるかは、異常が生じてから手術を開始するまでの時間がどれだけ短いかにかかっています。
当院の分娩台はそのまま手術台に電動で切り替わるため異常が起きてからの手術室までの移動がゼロです。
また、年1回何らかの緊急時の対応を協議し、注意していても緊急事態は起きるという危機感を持って普段から分娩に臨んでいます。
最後に
帝王切開率が上がっているのは産婦人科医の責任も少なからずあると考えています。
帝王切開という必殺技を持っているからこそ、その適応は慎重であるべきです。
当院は患者さんそして赤ちゃんの安全性を確保しながら許容できるギリギリまで患者さんの分娩に対する希望をかなえてあげたいと考え、TOLACに取り組んでいます。
最近は愛知県、滋賀県、長野県など近隣からもTOLACに来られる方が増えてきました。
迷われている方は相談だけでも歓迎ですので是非相談に来てください。