逆子の普通分娩(経腟分娩)について
1 イントロダクション
逆子の場合、帝王切開が常識と思っていませんか?
決してそんなことはありません!
逆子の普通分娩(経腟分娩)は正式な分娩方法で、できる産科医師が減ってしまったために帝王切開ばかりになっているだけです。
実際、ほぼすべての産科医が参考にしている産科ガイドライン(4年に1回改訂)には、逆子については「施設毎で基準を作成し経腟分娩を行うが、経腟分娩が対応できない施設については経腟分娩を提供しなくてよい」との趣旨になっています。つまり逆子は帝王切開にしなさいという方針は一切記載されておらず、逆子の経腟分娩ができない施設はやらなくてよいという文章のみです。
しかし逆子の経腟分娩をやらなくてよいという記載なのに、当然のように帝王切開のみが方針として提示され逆子の経腟分娩という選択肢が一切情報として与えられない現状には疑問を感じます。加えて、患者さんから逆子の経腟分娩について質問がある際、「危険な分娩方法だ、取返しのつかなくなる合併症で赤ちゃんが危険になる、赤ちゃんを一番に考えるなら帝王切開」などと逆子の経腟分娩を見たこともない医師から止められるケースも多々あります。
確かに頭から出てくる普通分娩と比較すると上がるリスクもあるのは事実ですが、適切に分娩を管理すれば防げるリスクも多く、逆に注意を怠れば頭から出る普通分娩だって十分危険です。
当院も逆子は全員普通分娩をした方がいいなどというつもりはなく、赤ちゃんの胎位などによってはリスクを伴うこともあるため、適切にできる症例を選択して行うべきと考えます。従って、危険と判断した場合はその前に帝王切開に切り替えることも当然ありますし、よほど経腟分娩でいけるだろうと当院が思っていても患者さんが帝王切開を望めば帝王切開にします。
安全に逆子の分娩が終わることを第一に考えた上で、逆子の普通分娩は十分に選択肢になりえますので正しい情報を得たうえでまずは相談してください。
近年、ご自身で逆子の分娩について調べて当院に相談される方が増えており、他院通院中の方も多くご紹介いただいています。
2 逆子の普通分娩の歴史
1994年に日本産科婦人科学会周産期委員会が産科医にとったアンケートによると初めての出産の患者さんが逆子だった場合、普通分娩をすると回答した医師は78%、帝王切開とすると回答した医師は21%、加えて分娩歴があればほぼ普通分娩をするといった結果でした。今からわずか30年前までは逆子の普通分娩は当然のように行われ、「骨盤位経腟分娩を行わないものは産科医にあらず」といった有名な文言もあったくらいです。
しかし、2000年にアメリカで逆子の普通分娩について大規模な研究が行われ「帝王切開の方が短期予後がよい」との報告をもとに、2001年に「早産でない逆子は帝王切開が望ましい」との推奨がアメリカの産婦人科学会から提言されました。その後、逆子の普通分娩の取り扱いが次々と中止される中で2000年の研究での問題点が様々指摘され2006年にアメリカの産婦人科学会からの提言が「逆子の普通分娩は熟練した医師の判断に委ねられるべき」と変更になりました。カナダやヨーロッパなどでも「施設ごとに普通分娩が可能と思われる症例を選別しそれ以外を帝王切開にする」という提言がなされています。
日本では2008年に初めてガイドラインに逆子の普通分娩に関する記載がなされ、現在もほぼ同じ内容ですが、「施設ごとに普通分娩が可能と思われる症例を選別すれば経腟分娩も選択できる。ただし、経腟分娩が取り扱えない施設は経腟分娩を提供しなくてよい」との内容が明記されました。1994年から現在の間までに逆子の普通分娩を取り扱える医師が激減してしまったかは定かではないですが、このガイドラインでの逆子の取り扱いの明記もいい方は悪いですが帝王切開という逃げ道を作ってしまったように感じます。確かに技量が未熟な医師が安易に行うべきではないと思いますが、できないならできるようになろうと考える医師がいる一方、できないならリスクはとらず帝王切開にすればよいとの考えを助長してしまっているように感じます。ガイドラインには施設という集団としては普通分娩はやらなくてよいと書いてありますが、いち産婦人科医として逆子の経腟分娩がとれなくてよいなどとは書いていないのですから。
まとめると、現在進行形で逆子の普通分娩をどうすべきかの研究は各国で行われていますが、「施設毎に普通分娩を行う基準を決めて同意書を作成した上で普通分娩を行うことは妥当だが、できない施設では帝王切開をしてよい」が現在の基本方針です。
3 なぜここまで帝王切開なのか
先の歴史にも記載したように「施設毎に普通分娩を行う基準を決めて同意書を作成した上で普通分娩を行うことは妥当だが、できない施設では帝王切開をしてよい」が世界的な現在の見解で、日本のガイドラインも同様の見解であるにも関わらずなぜ逆子の経腟分娩を行う医師がいないのでしょうか?
産科という分野は見て実際に経験して覚える部分が少なからずあり、自分ひとりで学べるものではなく、先輩に色々と指導してもらいながらできるようになっていきます。しかし、逆子の普通分娩はすでに指導できるほどの医師がおらず、指導できなければ新しく産科医になった医師も普通分娩はできません。そうやって現在普通分娩を扱える医師は絶滅危惧種になってしまいました。
しかし、絶滅危惧種といえどもまだ当院のように取り扱える施設はあるわけで、なぜ逆子の患者さんは経腟分娩の情報が与えられないのでしょうか?ここからはあくまで当院の推察もはいってきますが、一番大きな要因はクリニックの経営です。取り扱えない施設からすれば患者さんが普通分娩をできるクリニックに転院するわけですからクリニックとしての収益はゼロでむしろ帝王切開は普通分娩より保険点数が圧倒的に高いため逆子は自院で帝王切開したほうが儲かるのです。実際当院にも他院から紹介患者さんは来ますが、助産院や総合病院からの紹介が多く、県内のクリニックからの紹介は3~4年に1件ほどです。岐阜市の年間分娩数が約2500~3000人前後で岐阜市の人はクリニックでの分娩が半分以上です。逆子の割合は全分娩の3%と言われていますので少なく見積もっても岐阜市だけで毎年50~100人前後の逆子の患者さんがクリニックにはいるはずですがそれより圧倒的に患者数が少ない助産院より紹介はきてもクリニックからの紹介はほぼない現状はやや疑問を覚えます。
4 逆子の普通分娩のリスク
当院では逆子の普通分娩をして30年以上たちますが、お母さん・赤ちゃんの死亡や脳性麻痺、骨折などのイベントは一例もありません。ただし、それは幸いなことにという表現が適切かもしれず、今後おきないという保証はないため、リスクをしっかり理解した上で安全に普通分娩を行うことが重要です。安全と判断される範囲で普通分娩を行い、何らか異常があればためらいなく帝王切開に切り替えます。赤ちゃんが多少犠牲になってよいなどと考えているわけでもなく、お母さんも赤ちゃんも問題なく分娩を終了できるように尽くします。
頭が下の普通分娩と比較すると上昇するリスクもあると言われています。ただし、何倍という表現をすると多く感じるのですが数でいうとそこまで多くはありません。リスクについては説明する人によって受ける印象が異なるため当院で診察をした後に、逆子の普通分娩のリスクを説明し質問してください。
児頭娩出困難による新生児死亡、麻痺、骨折、脳出血等
赤ちゃんは頭が一番大きく通りにくいため万一、お尻→体まで膣の外に出てその後肩や頭が出ない場合、最悪赤ちゃんが死亡してしまうケースもありえます。ただし、近年、逆子では帝王切開でも新生児仮死や児の骨折などは頭位よりも頻度が高いという報告があり帝王切開でも100%回避できるものではありません。また、新生児合併症および周産期/新生児期死亡の頻度は、帝王切開では1.6%、経腟分娩では5.0%という報告がある一方、経腟分娩を選択する際の基準を厳しく守れば、赤ちゃんの合併症は選択的帝王切開でも経腟分娩でも差がなかったという報告もあります。[産婦人科診療ガイドライン・産科編 2014/日本産科婦人科学会]
臀部、下肢、陰部の挫傷や皮下出血
お尻や足が先進してお母さんの骨盤や膣にぶつかるため臀部などに皮下出血などができることがあります。ほとんど一時的なもので産後に自然消失しますが当院では経験がありませんが、まれに血腫除去などの外科的介入が必要となるケースもあります。
5 帝王切開を回避できるメリット
手術自体のリスク
母体の腸管、膀胱、尿管損傷などのリスクに短期的なリスクに加え、腸閉塞といって食事が腸を通らなくなる病気が数十年して発症することがあります。また、下肢静脈血栓症など命に係わるリスクも増加します。
子宮破裂や癒着胎盤など次回妊娠のリスク
子宮が破れてしまいおなかの中で大出血する子宮破裂や帝王切開をした場所に胎盤がくっついてしまう癒着胎盤などの児や母体の命に係わるリスクが増加します。
6 当院の逆子の普通分娩の実際
当院では逆子の普通分娩の場合、誘発などの計画分娩は原則的には行わず、赤ちゃん・お母さんの状態が許す限り自然の陣痛が来るのを待ちます。骨盤位の分娩は頭が先の普通分娩より進行がゆっくりなことが多いですが、それは必要な通り道をしっかり広げるために必要な時間と考えており分娩が進行している限りは誘発剤などの使用も原則行いません。また、子宮の入り口が全部開いてからも極力息みを逃がしてゆっくりゆっくり産道を広げていきます。このゆっくりの進行がないと最後に赤ちゃんが出るときに肩や頭が引っかかって出なくなる原因になります。最後の方で赤ちゃんのおへその位置がお母さんの骨盤の一番狭いところを通りだすと、赤ちゃんは少し苦しいよというサインを出すことが多くなってきます。しかし、そこで焦って赤ちゃんを引き抜いたりすると肩や頭が引っかかって出なくなるため、赤ちゃんの心音低下が許容な限りは引きぬきたくなる気持ちを抑えて様子を見守ります。赤ちゃんのお尻が抑えきれなくなるほど膣の外に出たら一度の息みで分娩になるように肩→頭の順に娩出します。会陰切開は順調に進行した例では入れませんが、会陰の進展が悪い場合などでは入れることがあります。また、どうにも児頭が出ない時は後続児頭鉗子といって鉗子という特殊な器具で児頭を挟み込んで娩出する可能性もあります。ゆっくり進行すると弛緩出血といって産後の出血を心配される先生もいますが、実際当院では弛緩出血での搬送、輸血などはここ数年は一例もありません。
7 最後に
逆子の普通分娩はすでに多くの県でできなくなっています。やはり訴訟などのリスクから少しでも危険なものは帝王切開に逃げるのは産科医としてわからない話ではありません。しかし、一度下げたハードルは二度ともとには戻らず、今や帝王切開率が40%以上というクリニックも珍しくありません。当院は逆子の普通分娩を安全に行えるよう昭和の時代から技術を継承してきました。当然全員が普通分娩できるわけではなく、中には結局帝王切開になってしまう人もいます。しかし、安全に分娩できる人も数多くおり、安全にできるのか帝王切開に切り替えたほうが良いのかを見極める力が重要です。県外の方も近くにアパートを借りたりして分娩されている方もいます。普通分娩歴があったり、初産でも160cm前後の身長がある人は積極的にトライしてもよいと思っています。また、前記の条件に該当しなくても普通分娩されている方は相当数います。逆子が改善しない場合、是非当院で相談してください。